日本自然保護協会(NACS-J)が提供する、暮らしをワンランクアップさせる生物多様性の世界

しぜんもん


UPDATE 2016/01/06

特集

酒と肴と風土(その四)

古来日本人の生活に深くかかわってきた日本酒。そして日本各地に数限りなくある肴。この晩酌の食卓を見つめ直すと、日本の自然が浮かび上がってきます。

酒と肴から見える生態系サービス

深く味を知ることは、その地域の自然の恵みを知ること。それは「生態系サービス」を実感することにつながっています。

【関連記事】

◆酒と肴と風土(その一)「日本の酒と肴はなぜ多様?」 

◆酒と肴と風土(その二)「自然の「境目」がもたらす石川県のジオフード」

◆酒と肴と風土(その三)「微生物の多様性と調査で醸す酒づくり」

◆日本酒について深く知るための、日本酒基礎知識は>>>こちら


 

一食当たりの生物多様性はどのくらい?

旅行の楽しみのひとつは、その土地ならではのおいしい食べ物とお酒を楽しむことです。旅館に泊まると、さまざまに趣向を凝らした料理が運ばれてきます。ある日、岩手県のある温泉宿で、料理の材料に使われている生物の種類を数えてみました。

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図1:ある温泉旅館の夕食。植物25種、動物13種、菌類3種以上。合計41種以上の生きものが食材に使われていた。

まず、食前に梅酒(ウメ)をいただく。先付にはホヤ、明太子(スケトウダラ)、昆布、シメジなどが使われていて、さらに、刺身にはマグロ、タイ、ホタテガイ、アマエビにシソとダイコンがつまに使われて……というように数えていくと、この一食だけで、植物25種、動物13種、キノコ3種の合計41種が使われていました(図1)。重複を避けて数えていますが、発酵に使った菌類は数えていません。お酒や漬物、味噌や醤油などには必ず菌が関係しているので、これらを加えると、おそらく50種くらいの生物を食べたことになります。私たちは、一回の食事だけでもこんなにも多様な生物の恵みを受けているのです。

市場で探す遺伝的多様性

地域ごとに独特の野菜もたくさんあります。スーパーマーケットなどでは全国で同じような野菜が並んでいますが、市場にいくと、それぞれの地方に独特のナスやダイコン、カブなどがあります。ダイコンなどは、どの県にもその地域独特の品種(遺伝的多様性)があり、それぞれに適した料理方法が異なっています。そうした独特の素材と独特の料理法があって地域の味が生み出され、旅に出た私たちはそれを楽しみます。京都では京野菜、石川県では加賀野菜、長野県などでは信州野菜など、認証やブランド化の動きもあり、こうした地方野菜は地域の大切な財産にもなっているのです。

日本酒の味も遺伝的多様性?

食事と一緒に飲む日本酒も、それぞれの地域に地酒があります。その地酒を、月見酒、雪見酒、花見酒……など、季節の移り変わりに応じて、あるいは地域の行事とともに、旬の肴を味わいながら飲むことは、地域の文化として誇れるもののひとつでしょう。日本酒には、甘口のもの、辛口のもの、香りの強いもの、すっきりとした味のものなど、それぞれの銘柄に独特の味があり、私たちはそれを知っているので、自分の好みの銘柄を選んで飲みます。この味の違いはどこから来るのでしょう?

日本酒の材料は、言うまでもなくイネ(Oryza sativa)という植物の種子、コメです。イネは生物学的にはただ1種類の生物ですが、さまざまな品種が存在します。ごはんとして食べる品種にも、コシヒカリやササニシキなどいろいろな品種がありますが、日本酒の醸造に使われるものにも、山田錦、五百万石、雄町など、さまざまな品種があります(表1)。これらは、日本の農家が長い歴史の中でつくり出してきたイネの遺伝的多様性にほかなりません。酒米は食用に比べて粒が大きく割れにくいものが良いとされますが、この米の品種の違いによって日本酒の味に違いがでてきます。

表1:日本酒をつくる酒米の多様性。米の遺伝的多様性が味の違いに現れてくる。

表1:日本酒をつくる酒米の多様性。米の遺伝的多様性が味の違いに現れてくる。

また、糖をアルコールに発酵させる酵母も日本酒の味と香りを大きく左右します。多くの場合、酒の素をつくりだす酵母にはSaccharomyces cerevisiaeという種の菌が使われますが、かつては酒蔵によって独特の菌株(遺伝的違い)を持っていました。現在では、さまざまな香りを産み出す菌株が収集されています。吟醸酒のようなフルーティな香りは、特定の菌株を用いることで生み出すことができるものです。つまり、日本酒の味の多様性には、酒米と酵母の遺伝的多様性が深くかかわっているのです。遺伝的多様性などというと、難しい感じがしますが、実は身近なところで私たちはその恵みを受けているのです。

愛知ターゲットとのつながりは食卓に

こうしたことは、生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)で掲げられた愛知ターゲットでも、目標13として「社会経済的、文化的に貴重な種を含む作物、家畜及びその野生近縁種の遺伝子の多様性が維持され、その遺伝資源の流出を最小化し、遺伝子の多様性を保護するための戦略が策定され……」と述べられています。これらは生物多様性の重要な恵みのひとつであって、毎日の生活や地域の特色とも強い関係を持っているからです。

不思議と、お酒はつくられた土地で飲むのがもっともおいしく感じます。生物多様性を失うことは、こうした恵みを失うこと。それを心して、おいしく味わっていきたいものです。

 

中静 透

東北大学大学院生命科学研究科教授。専門は植物生態学。温帯から熱帯の森林を中心に、森林動態、樹木の生活史、生物多様性が維持されるしくみ、森林減少で失われる生態系サービスなどについて研究している。

(会報『自然保護』2013年9・10月号 特集「酒と肴と風土」より転載)

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