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UPDATE 2015/11/17

特集

酒と肴と風土(その一)

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古来日本人の生活に深くかかわってきた日本酒。そして日本各地に数限りなくある肴。この晩酌の食卓を見つめ直すと、日本の自然が浮かび上がってきます。

日本の酒と肴はなぜ多様?

世界的に見ても、ワインに肩を並べるほどバラエティ豊富といわれる日本酒。多種多様な、日本酒や肴の魅力とその成り立ちについて、「食の冒険家」小泉武夫さんに伺いました。

 (日本酒について深く知るための、日本酒基礎知識は>>>こちら

●日本には、全国各地にたくさんの日本酒がありますが、なぜこんなにバラエティ豊かなのでしょうか?

日本では昔から、地酒、地魚、地のものなど「地」を大事にしてきました。
江戸時代ごろには各地の「地」を自慢する諸国物産展のようなものがたくさんありましたが、それをさかのぼると「風土記」になります。
奈良時代から各地の酒や肴を「こういう旨いものがある」と自慢していたのです。それも、「大隅国風土記」「薩摩国風土記」など、かなり細かい地域ごとにそれぞれ風土記がつくられていました。
万葉集で有名な大伴家持は「餌香の市※の酒は値知らず(餌香の市の酒はあまりに美味しいので値段がつけられなかった)」と書いています。奈良時代のころから、個性豊かな地酒はお国自慢になっていたのです。

●味の違いはなぜ生まれるのでしょうか?

地酒の味の違いには、気候風土が大きくかかわっています。酒の発酵する力は、冬の寒さ、降雪量、降水量など気候条件によって変わります。それから水。
水は非常に重要です。水の硬度によって味が変わりますが、あちこちにいろんな種類の水があるわけです。酒蔵の近くには石灰岩質の山があることも多いですね。石灰岩を通った水はカルシウムやリンが多くなって、硬度も高い。そうすると非常に発酵しやすくなっていいお酒ができるのです。
そしてもうひとつは、原料の米。昔、輸送手段がないときにはその土地の米でつくっていました。土地ごとの水と米とで、かなりの味の違いが生まれますね。

それから酒をつくる杜氏さんの出身地によっても違います。私の実家は福島県の酒蔵ですが、岩手県の南部杜氏の方が来ていました。
杜氏の里は全国にありますが、地域ごとに酒づくりが伝承されますから、それによって味の特徴が出てきます。これはとてもいいことですね。どこに行っても酒が違うなんて楽しいじゃないですか。

 

●九州や沖縄など、南の方で焼酎が飲まれるのはなぜですか?

暑い地方で焼酎が多く飲まれている大きな理由は、かつては暑すぎて日本酒がつくれなかったからです。つくれたとしてもすぐ腐ってしまう。
その点、蒸留する焼酎ならアルコール度数が高く、腐りにくいので保存の点からも優れています。世界的に見ても、南米のテキーラやメコン流域のウィスキーなど、暑いところでは蒸留酒がつくられます。

暑い地域で蒸留酒が飲まれるのはもうひとつ理由がありまして、発汗作用を促すためです。逆に寒い地域では、ロシアのウォッカやオランダのジン、スコットランドのスコッチなど体を温めるために蒸留酒を飲みます。

そもそも、日本酒づくりに欠かせない微生物に「麹菌」がいますが、実はこの麹菌は世界中にいるわけではありません。カビの仲間の麹菌は、日本のように、湿度の高い東南アジア・東アジアにはいますが、乾燥した気候の西欧やアメリカ、アフリカなどほかの地域にはいないのです。そのような地域では麹菌のようなカビを使うかわりに、麦に芽を出させて糖化し麦芽の酒をつくっています。それがビールやウィスキー。山岳地帯のアンデスのあたりではトウモロコシを発芽させてつくる酒もあります。
気候風土によって、酒のつくり方、種類、飲み方が変わるわけですね。

 

●旅先で地域の酒に合うおいしい肴を探すには?

旅に行ったら、なんと言っても食は楽しみですね。地域の伝統食や特産品は、土地の自然と文化を映します。
土地のおいしい肴を探しに行くならまず市場です。街だったら商店街。最近面白いのは道の駅です。種類で言うと、漬け物や佃煮、干物は地域の特色が色濃く出るので面白いですね。最近は味噌も、米、麦、豆味噌だけでなく、油味噌、肉味噌、鯛味噌などさまざまなものがあって楽しめます。

それから、私は海藻が好きでね。特に香りのいいアオサ。海の近くの道の駅ですと一目散にアオサを探しに行きます。山の肴の代表は漬け物ですが、ヤマゴボウの漬けたのなんかは大好きですね。端っこの方をカリカリっと噛んで日本酒を飲むのは最高です。東北の方だと凍み豆腐がありますから、宿で一杯やるときにはそれを買って、めんつゆを4倍くらいに薄めたダシに漬けておくとふわふわになってすぐ食べられます。

やっぱり、その土地の酒に土地の肴。これはもう夫婦みたいなものですね。土地の人は、土地の肴の味をよく知ってますから、土地のお酒がよく合います。そして飲む人は、心の中で土地の文化まで味わうわけですね。「土地の酒に土地の肴、いいなぁ」って。

 

●日本食の世界遺産登録に向けた取り組みも進んでますが・・・・・・
(※このインタビューは2013年7月に行ったものです。その後、日本食は世界無形遺産に登録されました)

食は素晴らしい文化遺産ですからね。日本食のポイントは、郷土料理の数の多さです。
その理由のひとつは食材の多さ。世界で一番食材が豊かな国なのではないでしょうか。海に囲まれ、川、湖、沼も多く、水産資源が豊富。加えて山あり、畑あり田んぼあり。南北に長く気候もさまざまで何でもそろいます。

もうひとつは、保存技術が非常に発達していることです。例えば京都伝統の「いもぼう」は、北海道産の棒鱈(乾燥させた鱈)を、京都伝統野菜の海老芋と煮てつくる、文化と風土を感じさせる素晴らしい料理です。乾燥だけでなく発酵させるのも、もとは保存のため。漬ける方法も材料も、地域ごとに数限りなくあります。これらの素材を季節によって使い分ける。
日本の郷土料理は1万5000種以上と言われ、これほどの数は、世界的にもほかに類を見ません。

このように多様な郷土料理を持つ日本食は、世界文化遺産として登録を目指すまでになりましたが、これは実は、自然遺産でもあるんです。日本の食文化は自然の中から生まれてきました。自然があり、日本の食文化ができて、それが伝承されて日本が誇る世界遺産になるわけです。

ですから、日本の食文化の原点は、この国の自然環境なんです。文化遺産としての価値を見直し継承していくためには、和食の伝承もいいけれど、それよりも大切なのは、やはり自然環境を守っていくこと。自然の恵みを見直し、それをみんなで保護していくことなのではないでしょうか。地域の自然を守ることが、地域の食の文化の伝承につながり、文化の色を濃くしていく。そういうものだと思います。口にも、自然保護の重要性を訴えるものがたくさんありますね。

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小泉武夫
東京農業大学名誉教授。文筆家。専門は醸造学・発酵学。実家は福島の造り酒屋。日本各地・世界各国の珍味や奇食を味わう「食の冒険家」であり、「東京湾の環境をよくするために行動する会」の会長も務める。

 

(会報『自然保護』2013年9・10月号 特集「酒と肴と風土」より転載)

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