UPDATE 2014/06/11
特集
日本の食卓から消える魚たち
ニホンウナギ、なぜ激減した?
私たちが食べているウナギの蒲焼きはほとんどが養殖ものですが、もとをたどればその稚魚は天然ウナギ。しかし、天然ウナギの生態はほとんど分かっておらず、生息数は激減し続けています。
今回は、いまだに謎が多いニホンウナギの生態にせまります。そして、絶滅のおそれすらあると言われる、天然ウナギを保全するために、私たちにできることは――。
マリアナ諸島から日本へ
稚魚は3000km以上を旅する
ウナギの仲間は亜種も含めて世界で18種類が知られています。日本列島には「ウナギ」と「オオウナギ」の2種が生息しています。「ウナギ」は通称「ニホンウナギ」とも言われ、日本列島に加えて中国大陸、朝鮮半島や台湾島などの東アジアに分布します。
太平洋、マリアナ諸島の西方海域で初夏に生まれたウナギの仔魚は、柳の葉の形をしたレプトセファルスという幼生に変態し、北赤道海流に乗り西方向に移動します。フィリピンの東側で黒潮を利用し、初冬に東アジア各地の沿岸に近づきますが、この間にウナギ形をした半透明の「シラスウナギ」に変態すると考えられます。
冬季に日本各地の河口域に入ってきたシラスウナギはシラス漁業により採取されます。その量は、1970年までは100tを超えた年もありましたが、その後変動しながらも減少を続け、1990年以降は10t台に落ちる年も多くなっています(図1)。採られたシラスウナギは養殖種苗として各地の養鰻池に移され(池入)、蒲焼きなどの食材として規定の大きさになるまで養殖されます。池入量の不足は外国から輸入することで補っています。
自然度の高い河口域や河川、
湖沼がないと成長できない
外洋から湾内や河口域に入ってきたシラスウナギは、ひとまず浅い海域に落ち着きます。また、その場所で定住することもあります。東京湾奥の台場周辺に拡がっていた浅い海域では、1930年代に年間300t以上の漁獲量があった時期もあり、江戸前ウナギとして知られていました。しかし、この生息場所は埋め立てにより完全に失われてしまいました。
河川や湖沼に入ったシラスウナギは、しばらくすると体色が黒くなり、小型のウナギ、「クロコ」に変わります。クロコは水環境が良好で、豊富な食料に恵まれており、潜り込みやすい砂泥質の河床や湖底(ウナギの寝床)がある場所、すなわち好適な水食住環境の備わっている生活場所を探し求めて、河川を遡り、あるいは湖沼を巡ります。
成熟までには10年近くかかる
クロコは、成長して腹部の色が黄みを帯びてくると呼び名が「黄ウナギ」に変わります。いわゆる「天然ウナギ」です。水温がおおよそ15℃を超えると食べ物を獲るための行動が盛んになりますが、晩秋に水温が下がると動きを止めて春まで越冬します。
ウナギは甲殻類や小魚を食べるなど食物段階(食物連鎖における地位)の上位に位置します。日本在来の魚食魚の種類は少ないので、ウナギは水域生態系において重要な機能を持つ鍵となる生物ではないかと考えられています。
黄ウナギは、発育が早い場合は3歳を過ぎるころから生殖腺が発達し始めるようです。利根川で漁獲したウナギの耳石から推定した年齢と、それに伴い推定した成長曲線を図2に示しました。雄ウナギでは4~8歳の年齢で全長45~60㎝程度に育ち、また雌ウナギでは8~13歳で全長が70~100㎝程度に達すると、生殖腺が少し大きくなります。
秋口になると、これらの年齢と大きさに達したウナギの中には川を下り海に向かう個体、「下りウナギ」が現れます。体色が銀色を帯びてくるために「銀ウナギ」と呼ばれるウナギもいて、産卵のために海へと下るのではないかと考えられています。しかし、これらのウナギが、河口域など特定の場所にとどまり生殖腺が発達していくのか、あるいは一直線に産卵場に向かう途中で成熟していくのかなどの成熟過程はまったく分かっていません。まして、東アジアの各河川や湖沼からどのような経路で産卵回遊をするのか、どのような場所で産卵行動が行われているのかなども今はまったく不明です。
ダムや河口堰が生息数に影響
河川と湖沼におけるウナギ漁獲量の経年変化を示したのが図3です。若干の変動があるものの、40年間にわたりいずれも減少を続けています。ウナギの生息数の動向が漁獲量に正確に反映されるかどうかは分かりません。しかし、ウナギ漁業の実態や天然ウナギが高価であることなどを考慮すると、漁獲量と同じく生息数も減少傾向にあるのではないかと考えられます。
河川では流路を遮断する河口堰やダムなどの人工構造物が設置されるとウナギの移動ができなくなります。このような場所では水質が悪化し、餌生物が減少することも指摘されています。そこで、主な河川の過去30年間におけるウナギ漁獲量の瞬間変化率(減少しているので減少率と略称します)と各水系のダム貯水量指数(ダム貯水量の積算値を流域面積で割った値)との関係を見たのが図4です。
ダム貯水量指数は、流域当たりのダムによる水位の高さを示しているので、流域全体に対するダムの負荷を表していると考えられます。ダム貯水量指数が大きくなるほど減少率が増加することが分かります。調査対象年間にダムの建設がなかった四万十川ではダム貯水量指数はゼロで、減少率もほぼゼロでした。ところが1998年に支流の中筋川にダムが完成したことによりダム貯水量指数は増加し、それに伴い06年までの30年間における減少率が増加したことが分かりました(図4、赤▲)。
また、河川や湖沼の護岸工事も大きな影響を及ぼします。ウナギの生息環境には隠れたり休んだりするために自由に出入りできる岩や石のすき間が必要ですが、三面コンクリート張りの川ではそういったウナギの寝床がありません。湖沼の岸辺が自然状態にあるときは、水生植物が繁茂し、餌生物が多く生息し、水質も良好で、ウナギの寝床も多くありました。ところが湖岸がコンクリートなどで人工構造化されると水食住環境は変わります。過去最高の漁獲量が記録された年から00年までの減少率と、湖沼の人工湖岸率との関係を示したのが図5です。人工湖岸率が増加するに伴い、減少率が明らかに増加しています。
雌ウナギが成長して成熟を始める発育段階に達するには、河川や湖沼などで少なくとも約10年間を過ごさなければなりません。仮に河川などにシラスウナギが多く入って来る年があっても、狭く劣悪な生活場所のままでは親となる健全なウナギの成長や成熟は望めず、したがって続くシラスウナギの増加へと繋がらないと思われます。 河川や湖沼で行われている養殖ウナギの放流も問題です。放流されるウナギの中にはヨーロッパウナギなど外来ウナギが混入されており、自然環境下でウナギとの生活場所を巡る争いや病気など、新たな問題を引き起こしています。外来ウナギの放流は絶対に禁止されるべきです。
ウナギにとって好適な水食住環境へと生活場所が回復されることを通じて、生息数の回復に結びつく道が見えてくるように思います。
文・写真 立川賢一(流域総合研究会・主宰)
この記事は、日本自然保護協会の会報『自然保護』2010年7・8月号に掲載したものです。