日本自然保護協会(NACS-J)が提供する、暮らしをワンランクアップさせる生物多様性の世界

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UPDATE 2014/08/12

特集

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半数以上の府県で1000分の1に減少!?
全国で激減するアキアカネ

古くから日本人が親しんだ「赤とんぼ」が群れ飛ぶ秋の風景。多くの人が、自分の原風景と重ね合わせる懐かしい景色ですが、近年、全国的にアキアカネの数が激減。秋の風景が失われつつあります。

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アキアカネは1000m以上の高地で夏を過ごす。

アキアカネは1000m以上の高地で夏を過ごす。

平地と高地を移動するアキアカネ

日本にはナツアカネやノシメトンボなど20種ほどのアカネ属のトンボがいます。いわゆる「赤とんぼ」です。アキアカネはその代表的な種です。
赤とんぼと言えば秋を連想しますが、実は、アキアカネは梅雨のころに水田などから羽化します。その後すぐに1000m級の高地へ移動してしまうため、私たちの目に触れる機会はほとんどありません(図1)。

高地へ移動した後は盛んに餌を食べ、体重が2倍から3倍に増加し、体の色も赤くなります。そして、秋になると再び平地に降りてきて繁殖活動を行います。秋まで繁殖を始めないのは卵で越冬することと関係しています。早く産卵を始めると冬前に卵から幼虫がかえってしまい、冬を越すことができなくなります。そのため繁殖を秋まで遅らせ、それまでの長く暑い夏を高地で過ごしているのです。

図1 アキアカネの生活史

図1 アキアカネの生活史

秋になると再び平地に戻ってくる。

秋になると再び平地に戻ってくる。

 

水田がつくった秋の風景

アキアカネは1回に1000個ほどの卵を産みます。一生に何度も産みますからずいぶん多産です。多産は、産まれた卵や幼虫のほとんどが死んでしまう不安定な環境にすむ生物の特徴です。もともとアキアカネは、短期間で干上がってしまう危険性があるような浅い水たまりを利用していました。

しかし、そのような場所に人間が水田をつくり、アキアカネも利用するようになりました。水田は人間が稲の栽培のために水を管理するので、途中で干上がる危険性は小さく、卵や幼虫の多くが生き残るようになりました。その結果、「空が真っ赤になるほど」と形容されるような数の多いトンボになったのです。

 

全国に訪れた「沈黙の秋」

しかし今、その赤とんぼが飛び交う光景が各地から消えつつあります。レーチェル・カーソンの「沈黙の春」ならぬ「沈黙の秋」がやってきたのです。
図2は石川県野々市市の水田でアキアカネの羽化数を調べた結果ですが、1989年に比べて、ここ数年はずいぶん少なくなっていることが分かります。いつから減り始めたのかを示す詳細なデータはありません。ただ、福井県、石川県などにまたがる白山山系で夏に調べた結果を見ると、図3に赤い丸で示したように、1989年と99年では大きな差はなく、それが2007から09年になると100分の1以下になっていました。また、日本各地のトンボ研究者へのアンケート結果では、2000年頃から急激に減少し始めたという印象を持っている人が多いことが分かりました。原因として、水田の乾田化や中干し、耕作方法の変化などが指摘されましたが、アキアカネの目立った減少が2000年ごろから始まり、極めて急激であること、そして減少程度に地域差があることを考えると、そのような理由では説明できません。そこで浮上してきた原因が、90年代後半から普及しはじめた、稲の育苗箱に用いられる殺虫剤です。

図2:石川県野々市市の水田のアキアカネ羽化数の変化(水田1枚当たり、調査1回当たりの平均羽化個体数)

図2:石川県野々市市の水田のアキアカネ羽化数の変化(水田1枚当たり、調査1回当たりの平均羽化個体数)

図3:白山山系におけるアキアカネの観察結果(赤丸)と、育苗箱用の箱殺虫剤の流通量から推定した石川県でのアキアカネの減少曲線(白丸と曲線)

図3:白山山系におけるアキアカネの観察結果(赤丸)と、育苗箱用の箱殺虫剤の流通量から推定した石川県でのアキアカネの減少曲線(白丸と曲線)

 

共同研究者の宮城大学の神宮字寛さんは、ライシメータという水田に模した装置で、育苗箱用殺虫剤のアキアカネ幼虫への影響を調べました。その結果、プリンスという殺虫剤を用いた場合はまったく羽化が見られませんでした。ネオニコチノイド系の殺虫剤(アドマイヤーとスタークル)も、使用しなかった場合の30%ほどの羽化にとどまりました。一方、古くから使われているパダンは使用しなかった場合と差がなく、ほとんど影響がないことが分かりました(下表)。

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この結果と各殺虫剤の都道府県別流通量をもとに、殺虫剤の影響によってどのようにアキアカネの数が減少するかを計算してみました。すると、各地で2000年ごろから急激に減少が始まり、2009年時点では半数以上の府県で、1990年の1000分の1以下に減少しているという結果になりました。図3の白丸と曲線で示した推定値は、石川県の計算結果です。赤丸で示した、白山山系でのアキアカネの観察値と、かなりよく一致します。また、新潟を含めた北陸4県で調べた観察個体数の地域差と農薬流通量から求めた推定個体数の地域差もよく一致しました。これらのことから、最近のアキアカネの急激な減少は、一部の育苗箱用の殺虫剤によるものと言えます。

田植えの際に、育苗箱に用いられた殺虫剤は稲と一緒に水田に埋め込まれる。粒剤の成分の一部が水に溶け、さらにその一部が光分解や微生物の作用によってアキアカネの幼虫に対して強い毒性を持つ代謝物に変化してしまう。

田植えの際に、育苗箱に用いられた殺虫剤は稲と一緒に水田に埋め込まれる。粒剤の成分の一部が水に溶け、さらにその一部が光分解や微生物の作用によってアキアカネの幼虫に対して強い毒性を持つ代謝物に変化してしまう。

 

赤とんぼのいる風景を取り戻す

全国的に激減したアキアカネですが、主にパダンを使っている福井県勝山市ではまだ普通に見られます。その事実を知った勝山市生活環境課長の平沢浩一郎さんから会ってほしいと連絡がありました。平沢さんは当時、自分でも何だかピンと来ない「生物多様性」を市民にどう浸透させたら良いか悩んでいたそうです。そんな中、各地で減少している赤とんぼが、勝山ではまだ普通に見られるという事実はとても心に響いたとのこと。そして2011年、勝山市の「赤とんぼと共に生きるプロジェクト」がスタートしました。
プロジェクトの中心は、市内の小学生による赤とんぼの羽化数調査です。毎朝学校の周りの田んぼで羽化する赤とんぼの数を調べ、それをもとに勝山市全体で発生する赤とんぼの数を計算し、その多さを実感することが目的です。調査の結果、水田1ha当たり平均2万4000匹程度のアキアカネが羽化したことが分かりました。勝山市全体では3000万から6000万匹という試算になります。

赤とんぼの移動ルートを解明するために、成虫の翅にマークをつけて放す試みも行いました。すると、マーク個体が標高差1200mの報恩寺山山頂で再発見されたのです。水田で羽化したアキアカネが高地へ移動することを直接的に確かめた最初の事例となりました。

赤とんぼ調査を行った小学校の子どもたちや先生には、大きな変化が表れました。赤とんぼだけでなく、ほかの生きものへの関心も急速に高まっていったのです。調査結果は、2012年5月に開催された「環境自治体会議かつやま会議」で子どもたちが発表し、会場に居合わせた多くの人に感銘を与えました。プロジェクト2年目の今年は、100人以上の一般市民も調査に参加する活動に広がっています。平沢さんの狙いが的中したのです。
日本人にとってアキアカネは単なる「虫」ではなく、ひとつの「風景」であると考えています。三木露風作詞の童謡「赤とんぼ」に、多くの人が自分の原風景を重ねていることに気づいたからです。アキアカネに導かれて、トンボと人、生きものと人とのかかわりを考えてきましたが、それは「生物多様性」にかかわる問題への根源的な問いかけであるとも思っています。三木露風の生まれ故郷である兵庫県たつの市では、いなくなった赤とんぼを取り戻そうと、市民が涙ぐましい努力を続けています。勝山市では当たり前に見られる今のうちだからこそ、と力が入ります。両市は好対照ですが、赤とんぼが群れ飛ぶ風景を貴重に思う気持ちは同じです。生物多様性の保全は、その気持ちから始まるように思います。

 

文・写真:上田哲行(石川県立大学生物資源環境学部 教授)


この記事は、日本自然保護協会の会報『自然保護』2012年9・10月号「新・生命の輪」に掲載したものです。

皆さんの周りでは「赤とんぼ」は、元気に飛び回っていますか? 最近、あまり見かけない、、なんて感じたりしていませんか?
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