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しぜんもん


UPDATE 2015/11/18

特集

酒と肴と風土(その二)

古来日本人の生活に深くかかわってきた日本酒。そして日本各地に数限りなくある肴。この晩酌の食卓を見つめ直すと、日本の自然が浮かび上がってきます。

自然の「境目」がもたらす石川県のジオフード

全国有数の酒どころの石川県加賀地方から、酒と肴がおいしい理由を探ってみると、日本の自然環境の特徴が見えてきます。

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酒と肴と風土(その一)「日本の酒と肴はなぜ多様?」 

◆日本酒について深く知るための、日本酒基礎知識は>>>こちら


「魚で日本酒」が欠かせない著者にとって、金沢大学への着任は職だけでなく〝食〟を得た喜びがありました。地域の多様性を考える地理学者として、味わって満足するだけでなく「石川の酒と肴(魚)はなぜ旨いのか?」を考えてみたいと思います。

銘酒を生み出す石川の雪

石川県加賀地方の清酒は「加賀の菊酒」と呼ばれ、豊臣秀吉の『醍醐の花見』にも供された銘酒です。その流れを汲む白山市の蔵がつくる清酒は、「白山菊酒」として清酒で初めて「地理的表示の保護」の対象となりました。テロワール(生産環境)を大切にするフランスワインなどの原産地呼称統制(AOC)と同様に、「白山」を名乗れる清酒は白山市内で、白山・手取川水系の水を使って醸すことが要件です。つまり、白山菊酒のテロワールのポイントは「水」にあります。

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白山菊酒全12銘柄

手取川源流の白山には、冬季に大量の雪が降ります。この雪が水源です(図1)。白山を含む北陸地方は次の3つの自然環境のため、低緯度にありながら、安定的かつ大量に雪が降るという、世界的に見ても特異な地域になっています(図2)。

①アジア大陸と太平洋に挟まれ、冬季に海と陸の温度差が大きくなることで西高東低の気圧配置となり、強い季節風が吹く。
②対馬暖流の流入で日本海は海表面温度が高く、季節風に大量の水蒸気が供給される。
③白山などの、日本列島中央を走る山脈に季節風がぶつかって上昇気流となり、雪雲が発生する。

これらの条件のどれひとつが欠けても白山に大量の雪がもたらされることはありません。白山の雪、ひいては白山菊酒の水には、アジア大陸からの季節風や、対馬海流、そして背後の山脈の存在など、地理的な特徴が大きくかかわっているのです。

図1:金沢の雨温図。冬の大量の降雪が豊かな地下水の水源となる。

図1:金沢の雨温図。冬の大量の降雪が豊かな地下水の水源となる。

図2:1月末に1インチ(2.54cm)以上の積雪が存在する可能性(%)と多雪地域(斜線部)の分布。北陸地方に積雪がある可能性は50%(赤線で表記)。同緯度の北緯35度(青線)海抜0mで50%に達している地域はない。最も低緯度に位置する多雪地域。(Dickson and Posey(1967)および渡辺(1980)に著者加筆)

図2:1月末に1インチ(2.54cm)以上の積雪が存在する可能性(%)と多雪地域(斜線部)の分布。北陸地方に積雪がある可能性は50%(赤線で表記)。同緯度の北緯35度(青線)海抜0mで50%に達している地域はない。最も低緯度に位置する多雪地域。(Dickson and Posey(1967)および渡辺(1980)に著者加筆)

さらに、雪解け水が酒水になるためには、地下水になることが必要です。手取川の下流部には手取川扇状地が広がっています。白山は地すべり地帯でもあり、手取川に供給された土砂は大量の雪解け水とともに下流に運搬されます。時には水害になりますが、この土砂が扇状地をつくり、豊かな地下水帯を成立させています。

また、日本酒をつくる技術者集団、杜氏や蔵人たちが生まれたことにも、日本海側の降雪は大きく関係しています。杜氏は酒づくりの総責任者で、酒蔵から場所と材料の提供を受け、蔵人とともに酒をつくります。白山菊酒の酒づくりは能登杜氏が担ってきました。四大杜氏集団のひとつで、濃厚な味わいの「能登流」の酒づくりを特徴としています。彼らの出身地である能登半島珠洲市周辺は、積雪によって農作業ができなくなることから、出稼ぎの一形態として酒づくりが行われてきたのです。

稲を育てる夏の暑さ

手取川扇状地は豊かな水田地帯でもあります。一般に扇状地は水に乏しいとされますが、大量の雪解け水がある北陸地方では水田となっていて、その水田率は98%とも言われます。現在の白山菊酒の認証に地元の酒米は要件ではないのですが、醍醐の花見に供された時の酒米は、豊かな水田で収穫した地元産だったでしょう。

さて、稲は熱帯原産の植物で生育には十分な温度が必要です。北陸地方は寒いイメージがありますが、夏には熱帯気団である太平洋高気圧に覆われ、8月の平均気温は27℃としっかり暑くなります(図1)。北陸地方の沿岸部は、太平洋高気圧によって夏に高温となる地域の北限で、植生も照葉樹林帯となっています。この夏の気候が稲作を可能にしているのです。照葉樹林が広がる東南~東アジアでは日本酒と同様に麹で醸す酒が数多くつくられています(図3)。

雪の南限と夏の高温の北限が共存する北陸地方。気候の「境目」にあることで豊かな水と米が出会い、加賀の菊酒が醸されてきたのです。

図3:気団の作用に注目した「アリソフの気候区分」と世界の酒の産地。麦芽でデンプンを糖化させるビールの産地(青丸)は、熱帯気団が到達しない冷涼な5帯に分布する。日本酒や、日本酒と同様に麹で糖化させる醸造酒(赤丸)は、熱帯気団に夏に覆われる4帯と、冬に覆われる2帯に分布する。

図3:気団の作用に注目した「アリソフの気候区分」と世界の酒の産地。麦芽でデンプンを糖化させるビールの産地(青丸)は、熱帯気団が到達しない冷涼な5帯に分布する。日本酒や、日本酒と同様に麹で糖化させる醸造酒(赤丸)は、熱帯気団に夏に覆われる4帯と、冬に覆われる2帯に分布する。

 

肴も豊かにする海の境目

金沢の酒の肴といえば鮮魚。家計調査によると、金沢は世帯あたりの水産物の購入金額が全国1位、中でも鮮魚の比率が高く、購入金額、購入割合とも全国1位です。街中には多くの鮮魚店があり、大晦日に食べる「年取り魚」でもあるブリをはじめ、底物と呼ばれるカレイなど、所狭しと魚が並んでいます。

金沢市内の鮮魚店の店頭の様子。四季を通じで豊富な魚介類が並ぶ。

金沢市内の鮮魚店の店頭の様子。四季を通じで豊富な魚介類が並ぶ。

金沢の魚を豊かにしているのが、海の「境目」。石川の市場には、富山湾と加賀沖の両方の魚が入ってきます。能登半島を挟むふたつの海の性質が異なることが、多くの魚種を近海で得られる理由です。

海に囲まれた日本列島には多くの「湾」がありますが、ほとんどは水深100m程度です。しかし、富山湾や、豊富な漁業資源で知られる相模湾や駿河湾では例外的に水深1000mを超えています。なぜ、富山湾はこんなに水深が深いのでしょうか? 実は、富山湾はユーラシアプレートと北米プレートの「境目」に位置しているのです。一方、プレート境界のない能登半島から西側の加賀沖は、水深はそれほど深くありません。この海の違いが、豊富な漁業資源をもたらす要因のひとつになっています。

水深1000mを超える富山湾、相模湾、駿河湾は、プレート境界に位置している。

水深1000mを超える富山湾、相模湾、駿河湾は、プレート境界に位置している。

また、能登半島西岸(外浦)の海岸は地震による隆起で磯になっています。半島から加賀にかけては手取川から流出する砂が堆積して砂浜海岸になっています。このような海岸の多様性も魚種を増やしています。

さらに、能登半島沖は海流の「境目」でもあります。日本海には暖流の対馬暖流と寒流のリマン海流が流れています。能登半島沖は両方の海流がぶつかる潮目になっているため、暖流系と寒流系の両方の魚が獲れます。石川県以西で暖流系のブリが、新潟県以北で寒流系のサケがそれぞれ「年取り魚」になっていることも、富山湾が暖流と寒流の境目になっていることの影響です。

鮮魚以外にも、石川県には「フグの卵巣の糠漬け」や「巻ブリ」など、さまざまな水産加工品の肴があります。中でもフグの卵巣の糠漬けは発酵させることでフグの猛毒を完全に分解した珍味です。製造の過程で清浄な水で繰り返し洗うことが必要で、豊富な地下水が自噴する手取川河口の美川地区でつくられています。山に降る雪、川の水、海の魚が出会うことで生まれる、ここでしか味わえない味です。

猛毒のフグの卵巣を塩漬けにした後、糠漬けにすると毒が消えて「ふぐの子」になる。それぞれの工場の中には地下水が自噴する井戸があり、製造過程で利用されている。

猛毒のフグの卵巣を塩漬けにした後、糠漬けにすると毒が消えて「ふぐの子」になる。それぞれの工場の中には地下水が自噴する井戸があり、製造過程で利用されている。

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Foodと風土 ジオフードを食そう!

石川の食(Food)である酒と魚が旨い背景には、この地域の気候と大地の特徴(風土)がありました。酒や魚に限らず、地の特徴と強く結びついている地の食はたくさんあります。私はこのような食を「ジオフード」と呼んでいます。土地の特徴を理解することで、その土地ならではの食の本当の味に近づけるのかもしれません。

白山菊酒のふるさと白山市では、大地の特徴に着目して地域を理解し地域おこしをする「白山手取川ジオパーク」の認定を受けています。菊酒も魚も大切なジオパークの資源です。みなさんも白山手取川ジオパークにお越しの際は、大地とジオフードを満喫してください。

 

青木 賢人
金沢大学地域創造学類環境共生コース准教授。専門は自然地理学。自然環境と人間社会との関係論などを研究。白山手取川ジオパークの学術会議委員として、大地と地域のつながりを伝えている。

(会報『自然保護』2013年9・10月号 特集「酒と肴と風土」より転載)

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