日本自然保護協会(NACS-J)が提供する、暮らしをワンランクアップさせる生物多様性の世界

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UPDATE 2015/09/30

特集

ガイドブックでは紹介されない
「とっておきの自然」に出会うコツ<中編>

“絶景”の魅力を倍増させて楽しむ旅をしませんか?

 最近、「日本の絶景」が話題にもなっていますね。日本の自然環境が生み出す風景はそれぞれに個性的で本当に素晴らしく、一度と言わず何度でも訪れてみたい場所ばかりです。

<前編>に続き、60年以上に渡り日本の自然を守ってきた日本自然保護協会のスタッフや関係者が、お薦めの「日本のとっておきの自然」スポットをご紹介。
さらに、その魅力が倍増する「自然の見かた」も教えます。この“見かた”を身につければ、今回ご紹介した場所だけでなくともどこでも目の前の広がる自然風景の魅力が倍増し、より一層、旅が楽しくなるはずです!

※長野県の上高地と沖縄の慶良間諸島を紹介した<前編>記事は>>>こちら

お薦めスポット③ 新潟県東頸城

とっておきの自然に出会うコツ その三

地図から「発見」する

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朝焼けの星峠の棚田。棚田の多くは水持ちのいい地滑り地につくられたもの。用水の乏しい棚田では、雨水を保持し湧水を枯らさないよう、棚田の上部にブナなどの林が保全されている。安定して稲作を営むための知恵と努力が、この景色の中に詰まっている。(写真:十日町市観光協会まつだい支部)

 

日本列島では、手つかずの自然といえるところは多くはありません。世界遺産の屋久島や白神山地でさえ、多少とも何らかの形で人の手が入っています。里やまの環境はいうまでもないでしょう。

かといって、人間の営みの色が濃い自然に魅力がないということではありません。むしろ私などは、地図を広げては、人の暮らしと山川草木が織り成す環境が見られそうなところを探しているほどです。これは実は、自転車ツーリストとしてのプランニングなのですが、おのずと自然探訪にもつながります。

地味ながら魅力に富んだ自然は日本にはいくらでも見つかります。私は国土地理院の20万分の1地勢図で、観光地が少なそうで、茫洋とした感を与えるエリアを探し、そのうえで5万分の1地形図にルートを求めていきます。この方法で裏切られたことはありません。地図は情報の宝庫なのです。

 

豪雪と里人がつくり上げた風土

そうして見つけたフィールドのひとつが、新潟県の東頸城丘陵。百科事典を引くと、「新潟県南西部、高田平野と信濃川縦谷帯とに挟まれた丘陵」とあり、十日町市、上越市、柏崎市などに含まれます。

上越などの地名からピンと来るように、ときには5m近い積雪がある、日本有数、いや世界屈指の豪雪地帯です。雪が壁のように積み上がった真冬の難儀は無論のこと、5月の連休を過ぎてもなお、尾根筋の道路は残雪で通行止めという状態です。

低山と丘陵の連なるこの一帯で、古くから築かれてきたのが棚田。緩やかなスロープを描く田んぼの重なりに、ブナも交じえた広葉樹林と杉林がアクセントをきかせた景観は、均整がとれていて何とも心地よく、野鳥や昆虫の種類も豊かです。これこそ日本の原風景のひとつであり、自然と調和した農の営みの結晶といえましょう。

棚田の風景を楽しめる核心部は旧松代町から松之山町周辺。星峠や儀明をはじめ名所とされる棚田が多く、春の雪解けから新緑と田植え、夏の深い緑、秋の稲穂まで、季節の変化を楽しめます。この風土を刻んだ豪雪の冬も見逃せません。

多雪地特有の日本海型のブナ林は、現在は点在する形でしか残されていませんが、松之山の「美人林」は皆伐されたあとに再生した樹齢80年ほどのブナ林で立ち姿がきれいです。隣接する「森の学校キョロロ―十日町市立里山科学館」では、地域の自然と人の暮らしを合わせて展示してあります。

近年は、里やまの環境をアートスペースとした「越後妻有―大地の芸術祭」という3年に一度のイベントの舞台でもあり、開催時にはひと味違う楽しみ方ができることでしょう。

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東頸城のブナ林(写真:高地大輔)

環境保全のヒントを見つける

私が東頸城に惹かれたきっかけは、地図上での「発見」とともに、江戸時代、魚沼の塩沢に生きた文人・鈴木牧之が著した『北越雪譜』にあります。雪国の生活と風俗を描いたこの本に触発され、魚沼や古志、東頸城地方を自転車で何度も巡り、雪がつくった風土に新鮮な驚きを感じたものです。

現在、この一帯も過疎化を免れることはできず、廃村となった集落や廃道、耕作放棄された棚田もあちこちに見られるようになりました。

これらの光景は私たち旅人にも、地域おこしと景観の維持、自然環境の保全という問題を強く訴えてきます。そして、その解決のヒントは、棚田をつくり上げてきた人々の自然との付き合い方を知る中で見つかるのではと考えています。

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実際に旅で使った地図。20万分の1地勢図でエリアの概念をつかみ、5万分の1地形図で具体的なルートを探る。

お薦め人: 土居 秀夫(どい ひでお)
編集者。平凡社で雑誌、写真集、図鑑、新書などの編集に長く携わる。動物・自然誌『アニマ』元編集長。日本自然保護協会の会報『自然保護』編集ワーキンググループの一員。日本各地の風土を愛でる自転車旅と自然探勝、地元の歴史・民俗探訪を楽しんでいる。

旅のスタイル
自分で組み上げた旅行用自転車によるツーリングが旅の主体。バードウオッチングなどの自然探勝と、村里や郷土資料館などを巡って各地の風土を知ることをサブテーマとする。荷物は極力少なくし、デジタル機器はほとんど携行せず、国土地理院の地図で想像力・判断力を鍛えることにしている。
おすすめ書籍
●『北越雪譜』鈴木牧之(岩波書店)
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●『アジアの棚田 日本の棚田』青柳健二(平凡社)
●『ニッポンの山里』池内 紀(山と渓谷社)
星峠の棚田アクセス:北越急行ほくほく線「まつだい駅」より車で約20分

 


 

 

お薦めスポット④ 熊本県阿蘇─熊本市

とっておきの自然に出会うコツ その四

見えない水の流れを想像する

 

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熊本県嘉島町の浮島神社。湧水でできた池の中に島が浮いているように見える。

 

鳥でもない、地質学者でもない私が、水をテーマに出歩くうちに、鳥瞰的な風景から見えない水を見る想像力がついてきました。日本の景観の一典型は、山と川と平地と湖や海がワンセットになった大小さまざまな流域ユニット。その水と人との壮大な共同作品のうちでも傑作のひとつ、阿蘇‐熊本の風景の中に水を見に行く旅のご案内です。熊本市と周辺15市町村は100万人近い人々が天然のミネラルウォーター水道に恵まれた地域なのです。

風景をワンセットで目に焼きつける

熊本に飛行機で行くのなら、空港でレンタカーを借り、熊本市への道すがらぜひとも菊陽町から大津町を回ってみてください。空港からの道が下り坂にさしかかると、眼下に広大な水田地帯が広がります。白川中流域水田です。一番低い中央を掘り込んで水田地帯を両岸に分けているのが白川、奥は阿蘇外輪山方面、手前は熊本市方面。地形に沿って森林‐畑‐水田が段々に整然と配置され、集落が島々のように点在。その全体像を、「ここが熊本市のミネラルウォーターの“製造元”なのか」と感じ入り、目に焼きつけ、カメラにも収めましょう。

 

白川中流域の水田地帯。一番低い中央を掘り込んで流れるのが白川、奥は阿蘇外輪山方面、手前は熊本市方面。地形に沿って森林‐畑‐水田が段々に整然と配置されている。(写真:熊本県環境生活部)

白川中流域の水田地帯。一番低い中央を掘り込んで流れるのが白川、奥は阿蘇外輪山方面、手前は熊本市方面。地形に沿って森林‐畑‐水田が段々に整然と配置されている。(写真:熊本県環境生活部)

阿蘇山の火山灰地の白川中流域の水田は、今も昔も水漏れの激しいザル田。水田から大量に漏れた水が浸透して地下水となり、ゆっくり礫や砂でこされ浄化されながら熊本市方面へと移動し、天然のミネラルウォーターとなる。(図:熊本県環境生活部)

阿蘇山の火山灰地の白川中流域の水田は、今も昔も水漏れの激しいザル田。水田から大量に漏れた水が浸透して地下水となり、ゆっくり礫や砂でこされ浄化されながら熊本市方面へと移動し、天然のミネラルウォーターとなる。(図:熊本県環境生活部) ※クリックすると大きくなります

 

歴史的な施設を訪れる

そのまま坂を下って白川を渡り右岸の集落に行き当たったら、今度は阿蘇方向にさかのぼります。道路脇にたっぷりと水を湛えた水路があれば、それが「井手」。あの広大な水田地帯を灌漑する用水です。井手を横に進むうち出会う屋根付き石造りの取水樋門、瀬田神社で道草をしつつ、白川を横断する下井手堰に到着。堰は白川の水の一部を右岸に吸い込んで下井手へ流し、残りは堰の表面をすべり溢れて白川を流れ下ります。この堰、見るからにただものではありません。今はコンクリート製ですが、もとは1500年代後期に加藤清正が計画し1600年代前半に細川氏が完成させた石積堰だそうで、左岸側半分がつるつるした表面にいく筋も溝を掘った手作り感がそういう由緒をほうふつとさせます。白川中流域にはこういった堰・井出のセットが7カ所あり、それらが白川中流域に1500haもの水田ををつくり上げました。ほかにも白川周辺には歴史的な治水施設がいっぱいです。

たっぷりと水をたたえた灌漑用の井手。

たっぷりと水をたたえた灌漑用の井手。

瀬田神社。手前は井手に架かる橋。

瀬田神社。手前は井手に架かる橋。

実は、 白川中流域の水田地帯は阿蘇の火山礫灰などの荒れ地に開かれたため、昔も今も水漏れの激しいザル田。多くの灌漑施設がつくられたのもそのためです。この水田から大量に漏れた水が地下に深く潜り地下水となっているのです。そこからゆっくりと熊本方面へと、礫や砂でこされ浄化されながら移動します。涵養量たるや1日100万トンとか。地下水の大動脈があるのです。解明した研究者たちは「地下水バイパス」と名づけました。自然と人の営みはすごい!

その歴史と摂理を事前に知っておけば、感動はより大きいでしょう。でも、帰ってからでも遅くありません。

水の恵みを確かめる

いざ、溢れ出る水を見に熊本方面へ。やや南に迂回して嘉島町で浮島や湧水群、地下水天然プールを眺め水道のいらない生活の豊かさを想い、広い江津湖では野鳥や子どもが遊ぶ姿に癒され、熊本市水道の健軍水源地では地下水が噴き上がる井戸に驚嘆することでしょう。

この地域には、この豊富で清浄な水を巡って長い間、白川中流と下流の農民が争いを繰り広げた歴史もあります。ところが最近、地下水バイパスが細ってきていることが明らかになってきています。白川中流域で休耕田が増えたためと言われていて、冬の田んぼや、作付前のニンジン畑などに水を張り、地下水バイパスの再強化に努めています。熊本の水、白川水田のお米や野菜を食すれば、身体のなかに浸透していく水が感じられ、見えてくるのではないでしょうか。

こんな旅、いろいろなところで重ねてみませんか。それぞれ水の見え方が違うのも醍醐味ですよ。

 

お薦め人: 保屋野 初子(ほやの はつこ)
環境ジャーナリスト、東京大学大学院客員共同研究員、都留文科大学非常勤講師、日本自然保護協会理事。日本自然保護協会の会報『自然保護』編集ワーキンググループの一員。河川、森林、水道、公共事業などをテーマに執筆・研究を行ってきた。最近は、諏訪地方の流域をフィールドに、人と自然とのかかわりからの流域管理論に挑戦中。

旅のスタイル
帽子、マフラー、サングラス、長袖、防水撥水靴を装着し、手袋、水、雨具、デジカメ、メモ帳などを用意。事前に地形図と資料読みができれば万全だが、現地で「感じ取る」ことを一番大事にしている。
おすすめ書籍
●『農を守って水を守る 新しい地下水の社会学』柴崎達雄(築地書館)
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●『環境を知るとはどういうことか 流域思考のすすめ』養老孟司・岸 由二(PHP研究所)
●『井戸と水みち 地下の環境を守るために』水みち研究会(北斗出版)
浮島神社アクセス:熊本市電「健軍電停」からタクシーで約10分。

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